2012年5月13日 (日)

オレも無礼

納屋五郎さんと綴ってしまった。納谷悟朗さん。納谷さん、いつまでたっても無礼な後輩をお許し下さい。

今日も肌寒いのでストーブを焚いた。ついでなので冷凍してあった肉の塊をぶつぶつと切ってイモや玉葱なんかと一緒に鍋に放り込んでストーブで三時間程煮るとシチューができた。ストーブの時節の楽しみの一つなのだな。これからしばらくお別れね。淋しいね。

わたくしへの手紙はホリプロに送って下さい。

2012年5月12日 (土)

シンべりン取り敢えず終了

「シンべりン」、見に来て頂いた全てのお客様、有難うございました。後はロンドン。がんばろう。飛行機嫌だけど。

某日、小栗夫妻、横田、圭史と飲む。小栗がけっこうなマッチョになっていて吃驚。映画の為らしいが、なかなかあそこまで鍛えるのは骨が折れるだろう。やる時はやる男だ。やらない時はやらないで酒飲んでるけど。

某日、北九州。RKB飯島と飲む。いい飲み屋があるので行きましょうと連れられて行けば、前日一人でふらりと入ったおでん屋。行くとこは同じらしい。「アントニーと・・・」の時も、いい店見つけたぜぃと横田に教えてあげた居酒屋はすでに彼の縄張りだった。「酒一番」という店。いい名前ね。

昨日、大先輩関川慎二氏演出の芝居を見て、大先輩田代隆秀氏、昴の姉崎姉さん、シェイクスピア・シアター同期生谷昌樹と飲む。両国。昔、ライミングという劇団にいた頃、両国に程近いベニサン・ピットという劇場が根城だったので、この辺りで良く飲んだくれていた。なんだか懐かしく、時間が戻ったようでついつい深酒になる。あの頃、谷が酔っ払って大先輩納屋五郎氏に絡み、無礼にもジジイジジイと連呼した事があったが、もうすぐ僕たちもジジイなんだね。ああ。

2012年4月 4日 (水)

花に嵐

気が付いてはいたが、気が付けば四月。いきなりの嵐。花に嵐というものの、まだ咲きそめの桜を散々に散らして行った。電車は動かず家から出られず、おかげでシンべりン二日目の客席は歯が欠けたよう。それでもいらしてくれたお客様には感謝の言葉も無い。初日が開くまで稽古に追われ、見たかった芝居を全部見逃してしまった。殊に、圭史演出の「ガラスの動物園」、野村氏演出の「サド侯爵夫人」。残念。面白かったですか?

2012年3月21日 (水)

まいいか

圭史のブログ日記の縦横無尽の書きっぷりに、物書きの底力を感じて痛快極まりない。物書きで演出家で俳優で、あの男の人間としての魅力も縦横無尽。まだ、若いくせに、生意気よね。でも、日記は三月の十五日を最後に途絶えている。座長日記も。少しほっとする。他にもほっとする側面を彼は沢山もっていて、大きな声では言えないので言わないのだが、ほっとする事はとてもいいことだな、殊に、長けている人からそういう風に感じさせてもらえるのは。吃驚させたりほっとさせたり。ね。

2012年2月28日 (火)

アキオ、サンキュ!

軽く禁煙中なのだが、台詞覚えのストレスで何が何でも吸いたくなったものの、なにしろ禁煙中なので手元に煙草が無い。目の前のコンビニは定休日(田舎なのだ)。販売機はあるが手形を持っていない。不眠不休のコンビニは遠いし外は寒い。万事窮していると、ハタと思い出した。劇団員大塚明夫から誕生祝いに貰った葉巻があったぞ。さて、どこに仕舞ったのか・・、あちこち引き出しを引っ掻き回して遂に発見。見れば、セロハン紙にくるまれ蝋で封じられている。ドミニカ産の上物。・・・もったいないな。・・。ヤニ切れの苦し紛れに吸ってしまうのは如何にも勿体無い。せっかくのアキオのプレゼントだし。もっと良い機会があるに違いない、その折に華々しく封を切る事にしよう。という事で禁煙続行。なんだか良く分からないが、アキオ、サンキュ!

2012年2月25日 (土)

気が付けば

・・・気が付いてはいた、気が付いてはいたが二月も終わる。シンべりンの稽古が始まる。台詞・・・。台詞覚え・・・。風呂場で、ソファで、ベッドで、床で、トイレで。七転八倒。悪戦苦闘。集中が持続するのは二時間。だから、もっと早くから始めていなければいけなかったのだよ。覚えにくいんじゃないの、翻訳が悪いんじゃないの、ここはカットなんじゃないの、と難癖をつけ始めるが、全て難癖、イイガカリ。悪いのは自分。ああ・・・、、台詞覚さへ苦にならなければ、この商売悪くないんじゃない?大いに薦めるよ青年。あ、でもね、今はスーッと覚えられてもね、三十年後はそうは問屋が卸さないんだからね、青年!

2012年2月12日 (日)

血が騒ぐ

初めて入ったバーのカウンターで飲んでいると、少し離れた席の白髪の紳士がバーテンダーにカルメン・マキ&OZの話をしているのが耳に入って来た。50絡みのバーテンダーも、OZのギタリストが如何にカッコ良かったかを淡々と語っている。かつてのロック少年達に違いない。カルメン・マキ&OZというのが渋い。OZのギターの名前等そう出て来るものではない。紳士が帰った後バーテンダーに、OZの話していましたねと水を向けると、この界隈のバーで時々カルメン・マキさんがライブをやるのですよと教えてくれた。聞けば、やはり同世代のかつてのロック少年で、ぐいぐい話が盛り上がる。中学時代、クロスビー、ステイルス、ナッシュ&ヤングのコピーバンドをやっていたのですよと打ち明けると、次から次へレコードをかけてくれる。今でもしょっちゅう聞いているので珍しくも無いのだが、やはり同好の士と一緒に聞けば一味違って感慨深い。その後も、あれもこれもと懐かしい歌を聴き続け、気が付けば明け方。よろよろと帰宅した後も、なんだか血が騒いでしまって、ギターを持ち出して小さな声でTEACH YUOR CHILDRENを歌ってしまいました。

2012年2月 9日 (木)

返却できず

映画とテレビの撮影が立て込み、借りていたDVDの返却期限が三日過ぎた。何本か借りているので結構な延滞料金が発生しているが、結構なと言っても、大酒を何軒も梯子する金額に比べればどうという事は無いのだが、無暗に惜しい。見ないまま返却すれば更に惜しいので、寝不足必至で、なんとなく見る気になれず後回しにしていた「八日目の蝉」を半ば義務のように見る。重苦しくゆったりしたテンポで終始するにも関わらずぐいぐいと引き込まれ、写真館の場面では嗚咽を抑える事が出来ずに鼻水垂らして泣いてしまった。誰が加害者で誰が被害者なのか。逆もまた真なりか。寝不足覚悟で見て良かった。三日分の延滞料金も気分良く支払えるというものだ。永作さんの演技が凄い。リボン時代は、名前は失念してしまったが、右側にいる人が好きだったな。今どうしているのだろう。

2012年2月 4日 (土)

下谷万年町

パンフレットにも掲載されてしまったが、実は初演の稽古に一日だけ参加したのだ。年明けの寒い頃だったと思う。晴海近くの特設の大きな稽古場に約70人のオカマ役者が集まり、異様な空気に包まれていた。わたくしもオカマの一人として出演させて頂いたのだが、いきなり始まったオカマの即興群舞稽古に全くついていけず茫然としていたら、もろに蜷川さんの罵声を浴びた。当時、大学を休学して劇団四季の研究生になったものの半年で退所し、何をするでもなく日々を右から左に打っ棄っていた。何者かになってみせるいう漠然とした自信と願望はあったが根拠はなかった。20歳で一緒になった姉さん女房の稼ぎで安酒を飲んではクダを巻いていた。唐十郎と蜷川幸雄が企んだあの壮絶な劇的現場に、そんな半端者が足を踏み入れてはいけなかったのだと今にしてつくづく思う。それでもあの頃のわたくしは、ここは自分のような選ばれた人間の居る場所ではないと、自分に都合よく嘯いて稽古場からとんずらを決め込んだ。すっかり日の暮れた帰り道、晴海通りの小さな蕎麦屋で飲んだ熱燗がキリリと胃の腑を焼いたのをくっきりと憶えている。

あれから30年、自分が何者になったのか分からないが、目の前で繰り広げられる猥雑で耽美で犯罪的な蜷川、唐ワールドは、相変わらず自分には手の届かない所にあるようで、又あの晴海通りの蕎麦屋で熱燗をどくどくと胃の腑に流し込みたいような気持になった。

2012年2月 3日 (金)

おくればせながら 

「十二夜」に御来場頂いた全てのお客様、本当に有難うございました。お陰様で概ね好評の中、幕を閉じる事が出来ました。やり残した事、至らなかった事等多々有りますが、次回への踏み台にしたいと思っております。改めて「十二夜」という芝居の凄さ、シェイクスピアという劇作家の凄さを再認識させられ、残りの人生全てを捧げても、満足のいくものは恐らく造り得ないだろうという確信だけが大きくなり、衰え行く身には焦燥が募るばかりではありますが。全く違うやり方で近い将来再度チャレンジしたいと思うのですが、幕を下ろしてすぐこんな気持ちにさせてくれる芝居もそうあるものではないなとも思い、初めて見た芝居が「十二夜」であり、初めて演じた芝居も「十二夜」であった事を考え合わせれば、何かの因果関係かと少しく大仰な意味をこじつけてしまいそうにもなる今日この頃です。「十二夜」、恐ろしい芝居です。

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